2024/08/05 相続コラム
相続放棄と単純承認
相続放棄ができなくなるケース
親族の誰かが亡くなって、自身がその相続人となるとなったとき、亡くなった人(被相続人といいます)に借金などの負債があった場合、この負債も相続することとなります。
借金の返済などを行っても十分に余裕があるような場合は、それほど問題は生じないかもしれませんが、プラスの財産よりもマイナスの財産が大きいような場合には、自分の財産から支払いを行う必要が出てきます。
このような不利益を回避するための手段として、「相続放棄」の手続を家庭裁判所に対して行うことが考えられます。
しかし、相続人が一定の行為を行うことによって、この相続放棄が認められず、被相続人の負債を免れることができなくなるという事態が生じることがあります。
被相続人の負債の額によっては、何の非もない相続人が破産に追い込まれるということもあり得ますので、相続放棄ができるかどうかは、ときとして重大な問題となってきます。
ここでは、相続放棄ができなくなる、法定単純承認について解説します。
相続の承認とは
まず、相続人となる人には、上で述べた相続放棄と、相続することを認める「承認」の二つの選択肢があります。
また、承認には、単純承認と限定承認があります。
単純承認とは、被相続人のすべての相続財産を引き継ぐことをいいます(民法920条)。
これに対し、限定承認とは、被相続人に借金などがあった場合でも、遺産の中から支払いをすればよく、自分の財産から支払いをしなくてもよいというものです(民法922条)。
相続放棄との関係で問題となるのは単純承認です。
法定単純承認の問題
単純承認は、文字通り自ら「相続する」という意思を明確にした場合だけでなく、法律によって、一定の事情があれば、単純承認をしたものとみなすとされています。
別の言い方をすれば、自分では「相続する」という意思がなくても、特定の行動をとることで、相続することを認めたことになってしまうということです。
また、相続の承認は撤回することができないとされていますので(民法919条1項)、法定単純承認となってしまうと、結果的に相続放棄ができなくなってしまいます。※一定の場合、取消しが認められる可能性はあります。
単純承認に該当する行為
単純承認に該当するのは、以下のものです(民法921条)。
①相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき(保存行為等を除く)
②相続人が熟慮期間内に限定承認または相続放棄をしなかったとき(2号)
③限定承認または相続放棄後に相続財産の全部もしくは一部を隠匿し、ひそかにこれを消費し、または悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき(ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後を除く)
このうち、②の熟慮期間内に限定承認または相続放棄をしなかったときに、相続放棄ができなくなるということは、期限が設けられている趣旨からいえば当然といえます。
③は、相続債権者の不利益となることを知りながら問題となる行為をとった者に対する一種の制裁であるとされています。
法定単純承認の関係で一般的に検討が必要なのは①であると考えられますので、ここではこの点について掘り下げて解説します。
相続財産の処分とは
上で述べたように、「相続財産の処分」に該当する行為をしてしまうと、後で相続放棄をしようと思ってもできない可能性がありますので、被相続人の負債が気になるなど、相続放棄を検討している場合、「相続財産の処分」にあたるような行為をしないように気を付ける必要があります。
具体的には、遺産分割協議への参加、預貯金の解約、債権の取立て、財産の譲渡、株主権の行使、債務の弁済などが挙げられます。
これらの行為は、本来、単純承認をしない限りしてはならないことであるため、相続人に単純承認の意思があったといえることに加え、第三者から見ても単純承認があったと信じるのが当然であるといえるため、単純承認とみなされることになります(最判昭和42年4月27日)。
特に問題となりやすいのは預貯金の解約で、被相続人の死後、各種支払いに充てるため、被相続人の預貯金を引き出したり、解約したりする人もいると思います。
過去の裁判では、葬式費用や被相続人の生前の治療費等を支払うために預貯金を引き出したとしても、単純承認とはならないとしたものもありますが、そのような場合に確実に相続放棄ができるとは限りませんので、預貯金の引出しや解約をする場合は、相続放棄との関係で問題がないか慎重に検討しましょう。
「相続財産の処分」は、解釈上、やや曖昧な部分があり、うっかりこれに該当するようなことをした場合でも、相続放棄が認められる可能性はあります。
しかし、被相続人の負債の額が大きく、確実に相続放棄をしなければならないような場合、「相続財産の処分」に該当する可能性が少しでもあることは行わない方が無難ですし、どうしても何かしなければならないようなときは、専門家に相談されることをおすすめします。