2024/08/01 相続コラム
相続放棄の熟慮期間
相続放棄の熟慮期間とは
相続放棄は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所に対して行わなければならないとされています(民法915条1項)。
この3か月の期間のことを熟慮期間と呼んでいます。
そして、相続人がこの期間内に限定承認または相続放棄をしなかった場合、単純承認をしたものとみなすとされています(民法921条2号)。
単純承認とは、相続することを認めるということを意味し、単純承認を行えば、相続放棄はできなくなり(民法919条1項)、被相続人の債務を免れることもできません。
※相続財産の調査に相当に時間を要するような場合には、利害関係人又は検察官の請求により、家庭裁判所が熟慮期間を伸長することができるともされています(民法919条1項ただし書)。
熟慮期間を経過していた場合
それでは、家庭裁判所に対して熟慮期間の伸長の申し立ても行わず、熟慮期間の3か月が経過してしまった場合、一切相続放棄はできないのでしょうか。
一般的に、法律で明確に期限が設けられている場合、うっかりして期限が過ぎてしまった場合には救済されないのが原則です。
しかし、形式的に熟慮期間が過ぎてしまった場合、相続放棄が有効になる可能性が全くないかというとそうではありません。
法律で期限が設けられている以上、3か月以内に相続放棄を行わなければならないことに違いはありませんが、熟慮期間の起算点(カウントが始まるタイミング)をずらすということが考えられます。
熟慮期間の起算点
法律では、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に相続放棄をしなければならないとなっています。
この「自己のために相続の開始があったことを知った時」は、一般的には、自分の親などの被相続人が亡くなったことを知った時になることが多いでしょう。
そのため、通常であれば、被相続人の死亡を知ったときから3か月以内に相続放棄をしなければなりません。
一方で、相続放棄を行う趣旨は、主に被相続人が負債を抱えていた場合に、その負債を相続によって負担することを回避することにあります。
逆に言うと、被相続人に負債がないと思えば、相続放棄を行う理由がないわけです(実際には、遺産分割協議に加わりたくない等の理由で相続放棄をする人もいるでしょう)。
そうすると、被相続人に債務がないと思っていたので特に相続放棄の手続をとっていなかったところ、後に多額の負債があることが判明したような場合に、相続放棄の手続も取れず、突然他人の負債を背負わなければならないということが起こりえます。
このようなケースで、「知っていれば相続放棄をしていた」という状況であれば、プラスの財産よりもマイナスの財産の方が多いということを意味すると思われますので、相続人にとってみれば相続をすることで何も得することはなく、酷であるといえます。
他方で、期限内に相続放棄をしてさえいれば、相続債権者は債権の回収を諦めざるを得なくなるのですから、敢えて相続放棄を認めずに相続債権者を保護する必要がどこまであるのかという気もします。
この点について、熟慮期間の3か月以内(もしくは家庭裁判所による伸長の期間内)にプラス・マイナスの財産の調査をすればいいというような見解もありますが、現実的には、頻繁に督促の手紙が届いているとかでなければ、マイナスの財産を確実に調査することは困難でしょう。
そこで、このような場合に相続人を救済し、相続放棄が可能になるように、「自己のために相続の開始があったことを知った時」という文言を、(やや強引な)解釈によって「相続財産を知ったとき」といったように理解し、起算点を遅らせるという手法が考えられます。
熟慮期間の起算点に関する判例
この点について判例は、「被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、このように信じるについて相当な理由がある場合は、相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識したとき又は通常これを認識しうるべきときから起算する」(最判昭和59年4月27日)としていて、起算点を遅らせること自体は許容しています。
実務での考え方
最高裁判例は、上記のように「相続財産が全く存在しない」と信じた場合としていますが、実際にプラスの財産も含めて財産が全く存在しないと考えられる場合は稀だと思います(多少の預金はあるでしょうし、現実的には、プラスの財産をどれだけマイナスの財産が上回っているのかが問題なので、場合によってはプラスの財産がある程度あっても、マイナスの額が膨大で、相続させると相続人に酷な場合もあるでしょう)。
そこで、多少の財産があることを認識していても、著しい債務超過にあることを知らなかった場合には相続放棄を認めるべき(熟慮期間の起算点を遅らせるべき)という見解も多く、そのような判断がされた例もあります。
しかし、このような解釈は、元々の文言からすると解釈として可能な範囲を超えているようにも思われますので、相続放棄の有効性が裁判で争われた場合、基本的には最高裁判例にしたがって厳しくジャッジされる可能性が高いと考え、不安がある場合には3か月以内に相続放棄又は限定承認の手続きをとるべきでしょう。